元大関・栃ノ心の現在は?親方にならずワイン事業で大成功した真相
土俵上で圧倒的な怪力を誇り、「角界のヘラクレス」としてファンを沸かせた元大関・栃ノ心。右膝の壊滅的な重傷から奇跡の復活を遂げ、幕内最高優勝や大関昇進を果たした不屈の男の姿は、いまも多くの相撲ファンの記憶に鮮烈に焼き付いています。
2023年5月の引退から時を経て、2026年を迎えた現在、栃ノ心は相撲界を完全に離れ、まったく異なるフィールドで目覚ましい成功を収めています。土俵を去った彼が親方にならなかった本当の理由、日本で立ち上げた驚きのビジネス、そして新天地で築いた新たな家庭環境まで、その知られざる現在地を余すところなく追跡しました。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:栃ノ心(本名:レヴァン・ゴルガゼ)は日本相撲協会に残らず、現在は「ジョージアワイン」の輸入販売を手がける気鋭の実業家として大成功を収めている。
- 要点2:親方にならなかった最大の理由は「母国ジョージア国籍」への誇りと信念であり、帰化を選ばず民間人として両国の架け橋になる道を選んだため。
- 要点3:私生活では日本人女性と再婚を果たし、新たな子宝にも恵まれて公私ともに充実したセカンドキャリアを築いている。
【2026年最新】元大関・栃ノ心の現在地|実業家として切り拓く第2の人生
髷を落とし、スーツに身を包んだレヴァン・ゴルガゼ氏の姿は、現役時代と変わらぬ圧倒的なオーラを放ちつつも、すっかり洗練されたビジネスパーソンの顔立ちになっています。引退直後こそ母国への完全帰国が噂されたものの、現在も日本を主たる拠点として精力的な活動を続けています。
現在の栃ノ心のメインとなる仕事は、母国ジョージアの特産品である伝統的ジョージアワインの輸入・プロデュース事業です。自身が立ち上げた輸入販売会社を通じて、8000年以上の歴史を誇るクヴェヴリ製法の本物志向ワインを日本国内の高級飲食店や百貨店、ホテルへと流通させています。
相撲ファンのみならず、ワイン愛好家や美食家の間でも「栃ノ心が選定したワインは極めて質が高い」と評判を呼び、全国各地の催事場や試飲イベントには本人が直接ブースに立つことも珍しくありません。現役時代のネームバリューに甘えることなく、自ら営業の最前線に立つ実業家としての誠実な姿勢が、ビジネス界でも高い信頼を獲得しています。
なぜ親方にならなかったのか?日本相撲協会を去った「国籍と信念」の選択
栃ノ心ほどの輝かしい実績と人望があれば、相撲協会に残って親方(年寄名跡の襲名)となり、後進の指導にあたる未来も十分に選択肢にあったはずです。実際、ファンからも指導者としての残留を望む声は根強く存在しました。それにもかかわらず、彼が協会を去る決断を下した背景には、制度上の壁と彼自身の譲れない矜持がありました。
日本相撲協会の規定では、親方として年寄名跡を襲名するためには日本国籍の取得(帰化)が絶対条件として定められています。しかし、栃ノ心は母国ジョージアに対する深い誇りとアイデンティティを何よりも大切にしていました。故郷の家族や支援者への敬意、そして小さな国から海を越えてやってきた自負から、国籍を変更しないという固い意志を貫いたのです。
相撲界の内側にとどまることだけが恩返しではない――。栃ノ心は「相撲で学んだ日本の精神を持ちながら、母国ジョージアの素晴らしさを日本中に広める民間大使になる」という新たな使命感を見出し、晴れやかな笑顔で土俵を去る道を選択しました。
土俵を去る決断の裏側|ボロボロだった右膝と引退理由の真相
現役末期の栃ノ心を苦しめ抜いたのは、限界をとうに超えていた右膝の壊滅的な怪我でした。2013年に負った前十字靭帯断裂および外側側副靭帯損傷の大怪我は、本来であれば力士生命が絶たれてもおかしくないレベルのものでした。そこから幕下まで転落しながらも這い上がり、大関の座を掴んだストーリーは相撲史に残る奇跡と称えられます。
しかし、晩年はテーピングと分厚いサポーターなしでは日常生活すらままならない状態に陥っていました。持ち前の怪力で相手を力任せに吊り上げる豪快な相撲は、ボロボロになった下半身に容赦ない負担をかけ続けていたのです。
2023年5月場所中、ついに白星から遠ざかり、心技体のバランスを保てなくなった段階で「これ以上、納得のいく相撲が取れない」と潔く現役引退を表明。怪我と戦い続けた17年間の土俵生活に静かに幕を下ろしました。自らの限界まで力を出し切ったからこそ、引退時の栃ノ心に未練の色は一切ありませんでした。
年商数億円規模へ?「ジョージアワイン」輸入事業と現在の仕事・年収
力士が引退後に飲食業や実業の世界へ進出して成功を収める例は決して多くありませんが、栃ノ心のワインビジネスは極めて異例の成功例として経済メディアからも注目されています。彼が取り扱うジョージアワインは、世界最古のワイン醸造法としてユネスコ無形文化遺産にも登録された伝統的なオレンジワインを中心に構成されています。
栃ノ心自身の知名度もさることながら、現地の醸造家とダイレクトに交渉し、中間マージンを抑えて最高峰のボトルを届ける流通網を構築。現在は大手酒類チェーンやEC販売でも取扱高を急拡大させています。ビジネス規模の拡大に伴い、実業家としての年収は現役大関時代を上回る数千万円から1億円規模に達しているとも囁かれています。
さらに、ワイン事業と並行して相撲関連の解説、テレビ番組へのゲスト出演、格闘技・スポーツイベントのプロモーションなど、タレントとしての需要も途切れません。流暢な日本語と人懐っこい人柄はメディア関係者からの評価も高く、多方面からのオファーが現在の安定した収入源を強固に支えています。
再婚相手は日本人?家族構成や子どもと過ごす温かな私生活
激動の現役生活を終えた栃ノ心のプライベートにも、人生の大きな転換期が訪れていました。母国に残してきた前妻との円満な離婚を経て、引退後に日本人女性と再婚を果たしたことが報じられ、ファンを驚かせました。
再婚相手となった女性は一般人であり、長年日本で孤独な闘いを続けてきた栃ノ心を精神的にも生活面でも温かくサポートしてきた献身的なパートナーです。異国の地で傷だらけになりながら戦い続けた元大関にとって、彼女の存在はかけがえのない安らぎとなりました。
現在、夫婦の間には新たな子どもも誕生しており、栃ノ心は良き父親として子育てにも積極的に参加しています。SNSやメディアの取材などで垣間見せる穏やかな笑顔からは、土俵上の厳しい形相とは打って変わった、家族に囲まれた現在の幸福な暮らしぶりがストレートに伝わってきます。
感動を呼んだ断髪式と春日野部屋への絆|帰国せずに日本を愛し続ける理由
2024年2月、両国国技館で盛大に執り行われた栃ノ心の断髪式には、角界関係者をはじめ、母国の盟友である元小結・臥牙丸や各界著名人など約300人がハサミを入れました。最後に髷を切り落とした師匠・春日野親方(元関脇・栃乃和歌)と固く抱き合い、男泣きに暮れた場面は多くのファンの涙を誘いました。
入門当初は言葉も通じず、食文化や厳しい稽古の厳しさに幾度となく涙を流した春日野部屋での日々。しかし、親方や部屋の仲間から注がれた深い愛情があったからこそ、大関にまで登り詰めることができたという感謝の念は、引退から年月が経った現在もまったく色褪せていません。
「自分を育ててくれたのは春日野部屋であり、日本という国だった」。ジョージアに完全帰国することなく、日本に生活の基盤を置き続ける根本的な動機は、第二の故郷に対する底知れない愛着と恩義にあります。土俵を去った現在も、部屋の若い衆を気遣い、時には激励に訪れるなど、古巣との温かな絆は途切れることなく続いています。
【栃ノ心の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:栃ノ心は現在、完全に母国ジョージアへ帰国してしまったのですか?
A1:いいえ、完全帰国はしていません。栃ノ心は現在も日本を生活とビジネスのメイン拠点にしており、仕事で母国と日本を定期的に行き来しながら、東京を中心に生活しています。
Q2:栃ノ心のお店やワインは一般人でも購入できますか?
A2:購入可能です。栃ノ心が手がける公式オンラインショップや、全国の主要百貨店で開催されるワインフェア、一部のセレクトショップやレストランなどで広く流通しています。
Q3:なぜ日本国籍を取得して親方にならなかったのですか?
A3:相撲協会の規定上、親方になるには日本国籍が必要ですが、栃ノ心は母国ジョージアに対する誇りとアイデンティティを大切にし、帰化しない選択をしました。相撲協会の外から母国と日本の架け橋になる道を選んだためです。
まとめ:母国と日本を繋ぐ「架け橋」としての栃ノ心に寄せる期待
大相撲の歴史にその剛腕で確かな足跡を刻んだ元大関・栃ノ心。右膝の重傷を乗り越えて大関まで駆け上がった不屈の闘志は、ビジネスの世界へステージを移した現在もまったく衰えることなく発揮されています。
親方という安全なレールを選ぶことなく、母国ジョージアの誇りを胸に抱きながら、ワイン事業を通じて日本文化への恩返しを続ける彼のセカンドキャリアは、多くの元アスリートにとっても希望の光となっています。愛する家族とともに新たな歴史を紡ぎ続ける栃ノ心のこれからの挑戦に、引き続き温かい声援が集まりそうです。 (出典: 栃 ノ 心 現在(Yahoo!ニュース))